孫悟空にはなれない

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東京図書館紀行(図書館司書の給与明細)

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 すこし前に業界最大手代理店の仲介で都内の図書館に旅行にいくことになりました。そもそもぼくは旅行なんてしないほうがいいし、してはいけないと考えていました(そしてこの考えは旅行を通して強まりこそすれ弱くなることはありませんでした。みなさんは旅行したら勉強する時間が減りますがそれでいいのですか?)。学生も3年生になると一斉に身なりを整え旅行に向かいますが、ぼくは旅行を卒業間際まですることなく読書や映画鑑賞に勤しんでいました。なぜそんなぼくが旅行を決意したのかというと、それはただ必要に迫られたという理由からでした。それ以外ではありません。卒業を控え実家から離脱するためにどうしても旅行をしなければならないのなら図書館だろうと思って申込みをしましたが、どこもそうなのでしょうか、契約の際に「その旅行代理店の評判を落とすようなことをしない」という念書を書かされました。代理店の方にはSNSなど気をつけてと言われたのをよく覚えています。

 しかしそんなことはどうでもいいのです。今後ぼくと同じように図書館に旅行に行きたいという方や図書館ってどんなところなのか知りたい方のために7.5泊の旅の詳細を書いていこうと思います(もっと短い日程で旅行代理店が募集をかけていることも多いです)。そしてあたりまえのことですがこれはぼくの図書館旅行記で、他の図書館に旅行に行かれた方とは旅行内容も異なるのは当然です。しかし、小樽に旅行に行った方の多くが海鮮丼を食べ、石垣島に行った方が海水浴を楽しむように、図書館旅行記としてはオーソドックスなところをおさえたつもりです。この記事を最後まで読んでくださる奇特な方は冗漫な文章のなかに図書館旅行の雰囲気を見出していただけるとうれしいです。

 ではさっそく1日目から。

 気になる旅行代金は記事の最後に公開しますのでお楽しみに!

【1日目】 

・開館作業

 図書館を開けます。まるで眠っている図書館をゆっくりと目覚めさせるようなイベントです。館内の電気をつけ、空調をONにして棚の鍵を解錠します。書架の間に光が差し込み本の背を照らす様子はこの旅のなかでもとりわけ魅力的な光景のひとつです(旅行代理店から図書館の写真はネットにあげないようにキツく言われているので残念ながら写真はありません)。他にもカウンターのパソコンを立ち上げ図書館業務に必要なソフトの起動やコピー機の電源を入れたりします。

 次に今日の新聞を棚に置きに行きます。十数紙ある新聞の日付をチェックしホチキスで止めていきます。新聞によって置かれる場所が違うので覚えるのに一苦労です。


・図書館旅行客同士の朝のあいさつ

 同じ旅行代理店を通じて旅行に申し込んだ旅行客同士でツアー日程の確認をします。6日目の図書館の荷物発送担当者や季節限定で開催される電話連絡担当者などです。このあいさつを経てようやく旅行が始まったなという感じがしてきます。「こまごまとしたことは連絡帳に書いてありますので、今日もいちにちよろしくお願いします」(連絡帳というのは図書館旅行者どうしの業務引継表のようなもので今日やらなければならないこと、特定の利用者が来たときに伝達しなければならないことなど、たくさんのことが書いてあります。しょうじきなところ覚えきれません)。

 このあいさつを終えてようやく本格的に図書館旅行のスタートです。自動ドアを開けてパーテーションを外し図書館に入ってくる人たちを受け入れます。


・図書館荷物の受け取り

 朝のあいさつで言われたので、ぼくは提携しているほかの図書館からの荷物を受け取る作業をすることになりました。郵便で届いた本をバーコードで読み込み、別の画面で予約通知を行ったあと、その本を予約した利用者の情報が書かれた紙の特定の場所にマーカーをぬって棚に並べます。本がちゃんと送られてきてるか1冊ずつ番号と照らし合わせながら確認します。

 次に送られてきた内訳票のコピーをとりファイリングしたのち旅行の内容を記録する用紙に箱数と冊数を書き入れます(これは旅行者全員に記入が義務づけられている用紙ですので忘れないようにしてください。旅行中のあらゆる業務を余さず記録するくらいの気持ちでいればあまり間違えません)。

 最後に箱を倉庫にしまって荷受けの作業はおしまいです。これらの一連の作業も簡単なようで覚えるのに時間がかかります。

 でも安心してください。複雑な作業でも旅行者(非正規)と旅行先の図書館住民(正規)との間で作った分厚いマニュアルがあり、それに従えば大丈夫です。図書館旅行のスケールの膨大さを象徴するかのように数百ページのファイルが旅行者各自に配布されます。

 この作業のあとは2日目まで自由時間でした。1日目に限らず自由時間には本の貸出・返却や予約本の受け渡しをはじめ、DVDの利用手続きや利用証の発行・更新、プリンタのトナー交換、利用者向け説明会の準備や館内の巡回、返却された本・雑誌の配架、気温と湿度のチェック、勉強やゼミのプレゼン練習などにつかえる個室や見学申込みなどの各種申請書の受付や、手順が多いわりに画一的な説明を何回も繰り返すため意外と厄介なノートパソコンの貸出などなど、思いつくだけでもこれだけやることがあるので退屈することはないでしょう。この自由時間こそ図書館旅行の醍醐味と言えるかもしれません。これらはもちろんあのマニュアル通り対応しなければなりません。しかしマニュアルの確認で利用者を待たせると怒られてしまうこともあるので注意が必要です。


【2日目】

・旅行先の住民(正規)との会合

 定期的に旅行先の住民(正規)とぼくたち旅行者(非正規)との間で図書館運営について会議が持たれるようで、今回の旅行ではたまたまその集まりに参加することができました。聞いたはなしだと旅行7回につき1回しか開催されないとのこと。ラッキーでした!

 会議では、その週に予定されている行事や前の週に図書館で起きたことを図書館旅行者が説明し図書館住民がそれに対し質問と指示を投げるという形で行われるようでした。なんだか旅行者と住民の格差を旅行者・住民双方が内面化しているような集まりで居心地が悪かったのを記憶しています。この旅のちょっぴりイヤな思い出です。極右の住民の「お言葉」を最後に集まりは解散し、旅行に戻ります。おつかれさまでした。


・住民への旅行記提出

 残りの30分で前の週に図書館で起こったことをまとめます。時間別の入館者数(入館者数をテキストとエクセルで記録し、決められた複数の場所に保存する)やDVD貸出人数、業者の出入り時間とその内容、図書館荷物の箱数・冊数、貴重本貸出の記録、ノートパソコン貸出数、ILL(他の図書館から/へ資料の貸出/借受、資料の一部をコピーして発送/受取、紹介状の発行/受入、利用者がほしい資料がその図書館にあるかどうかの所蔵調査の依頼/受入などなど。もちろん各業務にはマニュアルが伴う)件数の記録、図書館利用説明会の人数とその内容、その他図書館旅行で起こったこと全てを図書館住民に報告するために所定の用紙にまとめます。この用紙は内容を厳しくチェックされ不備があれば先輩旅行者や住民から突き返されます。これも馴れですね。

 ここまでの旅行を終えて、ぼくたち旅行者は住民の依頼を受けた代理店が派遣した代替可能な「スタッフ」だということがわかってきました。


【3日目】

・個人情報保護祭

 3日目は旅行代理店が個人情報保護に気をつかっていることを対外的にアピールするためにわれわれ旅行者が毎年受講している祭が行われました。旅行者のリーダーが代理店から渡された資料を読み上げるという形骸化された祭で、個人ではなく代理店を通したツアーだとありがちな行事でした。代理店が作った資料も結局代理店の社会的な信用が失われないように、言うなれば代理店に迷惑がかからないようにするため個人情報は守られねばならないというような内容でした。こうした祭を真剣に受けさせられる旅行者の家畜化の問題もありますが、この旅行記以外で書かれるべき事柄でしょう。

 伝統になっているとはいえ年に1度のこの祭で貴重な1日が終わってしまったのも今ではいい思い出です。


【4日目】

・自由時間

 ほかの自由時間と違って図書館住民が休憩に出るため旅行者は気楽に観光していました。この日は本にはってあるラベルをはりかえたり、本がカビていないか本棚の間に潜り、何百冊という本を専用の移動式の棚に積み降ろししてチェックしました。力作業でとてもしんどいですが、これも図書館旅行の一環です。棚の拭きとりも怠らないように気をつけましょう。

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ここで1日休憩しました。お腹が空いたので近くの牛丼屋で納豆丼を食べました。その後、5日目が始まるまで図書館近くのベンチで読書しました。この1日図書館旅行のなかで最も喜びに満ちている時間であることは旅行自体は否定しない旅行者とも一致する考えかと思います。旅行者たちはできるだけ安くすませるため弁当を用意したりカップヌードルを買ったりしている方が多いようです。

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【5日目】

・自由時間

 4日目に続き自由時間でした。ぼくは先輩旅行者からおすすめされたスポットに向かいました。そこでぼくは来月のカレンダーを作って印刷したり、図書館内の雑誌の一部を別の棚に移動させたり(ただ移動すればよいのではなく、その号が発行からどのくらい経ったか、どのくらい移動したら棚に余裕ができるか、などなどいろいろ考えながら作業を行います。もちろんほかの作業同様棚に移動する際には旅行者どうしでダブルのチェックが必要です)、新しく図書館に入ってくる本のチェックをしたりしました。何百冊となく入ってくる本を分類通りに並べ替え、本のデータを修正し、パソコン上で利用開始の処理をして、本に図書館独自のスタンプを押して、他の旅行者にチェックを依頼し、といった面倒な行程をこなします。新しく本を眺めるだけでも勉強になりますね。

 
【6日目】

・電話連絡

 図書館の本を返さない人にぼくたち旅行者が電話、手紙で督促します。一定期間返してくれない利用者のデータを抽出し、その本が図書館内に無いことを旅行者総出で確認した後、電話をかけます。今回の旅行では70人の延滞者に電話連絡を3巡しなければなりませんでした。電話が繋がらなかったり、急に切られたり、電話に出た家族が横柄だったり、顔知らない人に電話をかけ続けるというのは苦痛てしかありません。電話をいつかけたか、通話できたか否か、何人に電話したかなども逐一記録(記録用紙とデータ上)が必要です。やっと6日目が終わりました。


【7日目】

・図書館荷物の発送

 朝のあいさつで指名されたので、提携している図書館にむけて荷物を送ることになりました。予約が入っていないか確認して、また、予約のキャンセルを確認してから荷物を作ります。その日に送るべき荷物をデータで抽出・印刷して現物と照合・梱包し、伝票をつけて送ります。もちろん箱数と冊数の記録も忘れずに。内訳を記した紙は3枚あり、1枚は相手館にファックスし電話で確認、2枚は2枚ともコピーしファイリングしましょう。

・自由時間

 やることはそれこそ無限にあるのでたいへん名残惜しいのですが、タイムリミットが来てしまいました。旅行者のみなさんと疲れを労いました。「お疲れさまでした。お先に失礼します」。

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 旅行代理店との契約は7.5泊(うち1泊は休憩時間)だったためようやく今回の図書館旅行が終わりました。いかがだったでしょうか。実際に思っている以上にめんどうな旅行先だという感想を持たれる方もいるでしょうか。冒頭でお断りしたように今回の旅はほんの一例にすぎません。ここに書いた以外にぼくが体験した旅行はひとつとしておなじ一日はありませんでしたし、個々の作業行程を省略したところすらあります。そしてこれがだいじなのですが、世界にはまだまだ個別具体的な旅行先の悲惨があるのです。都内旅行者で言えばその非正規化は彼/女らの実家暮らし化を前提とし、反抗心の去勢化をも導きます。独り暮らしをしたとしてもまた非正規の不安定さが抵抗の無化を招来するでしょう。構造的な闘争の馴致が図書館旅行にはつきまとっていて、前述の旅行代理店の念書もそのひとつです。図書館旅行者とその理解者たちは図書館旅行者に女性がなぜこんなにも多いのか考えてみるべきです。能うかぎり真剣に「なぜ、なぜ、なぜ?」と。

     *

 ともかく旅行記はいったんここで終えようと思います。図書館に旅行するというのが具体的にいかなる意味を持つのか考えるために、あるいはこのクソッタレた世界を全く別様に生き始めるために、各人が各様に役立ててください。

 では、最後に今回の図書館旅行でかかった費用を発表します。8年いる先輩旅行客(非正規)の方も同じ額とのことでした。意外と安くすみました。f:id:matsunoyu:20180905024333j:plain
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