孫悟空にはなれない

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図書館の迷惑利用者対処法

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 図書館は人民の知を半ば独占している。利用資格のない者には資料の貸出はさせないことになっているし、年間億単位の予算で賄われるデータベースも利用できないことになっている。なぜ身分によって利用できる知に違いがあるのか。もちろん、そうなっているだけで図書館司書の裁量で個別に利用を黙認することもあるのだろうが、大学図書館を想起すればわかるように基本は排外的と言ってよいとおもう。

 かりに革命というものがあるのだとして、また革命以後というものが想像できるとして、図書館はなおも存在を続けるだろう――こうした観念の下図書館で働いていると大抵のことは問題ですらなくなる。些細な書類の不備が図書館利用者とわれわれにとってどんな不利益をもたらすのか、座ったまま利用者に対応したとして何が問題になるのか、といった具合に。

 ともあれ、官僚制的な労働を月10万円台半ばの手取りで担わされ、あまつさえ利用者に接し感情労働をさえ求められるわれわれにとって肝に銘じなければならないのは、自身が入管職員や役所の福祉担当者の類似物にならないようにすることである。彼らは内外の規定を盾に人民の要求をはねのける。「きまりでそれはできないことになってるんですよ」というのが彼らの口からつねにきこえてくる耳障りな音である。福祉制度などほんとうにはなくなればいいとおもうが、それで救われる生もある。そのことを承知の上で、彼らには背を向けなければならない。

 たとえば、図書館のカードを閉館ぎりぎりに作りにきた人のことをかんがえよう。われわれはその人を「こちらのきまりで閉館の1時間前までに来ていただかないとカードは作れないんです。図書館のホームページにも公開されていることですが」とはねのけることができる。これが入管職員の態度だ。しかしわれわれが現状知の独占に加担し、上の対応をとることが人民の知をやはり制限することになる以上、こうした態度を取るべきではない。

 しかし同時にーーこれがわたしにとって重要なことだがーー図書館司書は上の利用者に対して、(もちろん利用者の事情を聞いてその気になることもあるとはいえ基本的には)その場でカードを発行するべきではない。そしてそうした利用者の申し出を断るときに「きまりでそれはできないんですよ」と言うその「きまり」こそが人民の知を制限している以上、わたしは別種の言い草を以て、つまり、「あなたを他の人民を差し置いて特別扱いすることはコミュニストとしてできないんですよ。それにわたしの労働が増えるじゃないですか!」と応じなければならない。ここでのコミュニズムはもちろん権威を戴くそれではない。利用者に対してわたしはカードを与える者として端的に権威として現れていることは確かであるが、そうした権威をかさに着ることなく振舞うことが出来なければならない。

 「コミュニストとして」というのが入管職員のいう「きまり」と異なるのはそれが統治権力の暴力によって賦活されていないからだ。では、われわれは何を/から触発し/されなければならないかーーそれは統治権力の外部に生起する〈暴力〉にほかならない。〈暴力〉violenceは統治の強制力forceとはまったく別物だ。利用者の知を求める〈暴力〉が統治権力の強制力を映現していないかぎりにおいて、われわれの〈暴力〉は利用者とともに図書館を壊し作り壊さなければならないはずである。

われわれは、少なくともわたしは図書館についてまだなにも知らない。勤務中に以下を渉猟しながら考えていこうとおもう。
http://www.pot.co.jp/zu-bon