孫悟空にはなれない

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「五芳斉」@神楽坂――鼻で食べるラーメン

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 早稲田通りと外苑東通りが交錯するあたり、「中華そば としおか」に並ぶ中年おじさんたちを尻目に五芳斉に向かう。年季の入りすぎた庇と赤い看板が迎える町中華で昼時は近隣の労働者たちが空腹を満たしに訪れるがピークを過ぎれば店内はいつも空いている。

 私は一年ほど前から独自で町中華のラーメンや蕎麦屋の中華そばを食する活動をしており(独自なのは同様の嗜好を持つ友人が近くに居ないのとそもそも友人の絶対数が僅少だからだが、それはここで話すことではない)高田馬場―早稲田界隈のラーメン屋のほとんどに足を運んだ。その結果、たどり着いたのは「多くのラーメン屋のラーメンは香りがない」という悲しくも確かな事実だった。もちろんスープをかげばにおいはしてくるのだが、しかし同時に何度も足を運ばせるあの鼻を抜ける香りがないのである。ひとくちスープをすすり、からだじゅうにしみ入るあの香ばしさ。ラーメンにはこれが必要だ。

 そんな折に出会ったのが五芳斉だった。

 一言で言う。奇跡である。

 五芳斉はいわゆるラーメン専門店ではなく、よくある町中華だ。
 醤油が鋭く直立し業務用スープでは出せない芳香が鼻腔を走り抜ける。細麺が金色のスープを纏い赤き丼のなかにたゆたう様は『風の谷のナウシカ』のババさまも涙を流さずにはいられない。この特異な体験は界隈ではここと一番飯店くらいでしか不可能だろう。

 ラーメン屋は華々しくなんとか地鶏とかどこそこ塩などで耳目を惹こうとする。対して五芳斉にはそうした派手さはないが、われわれの嗅覚は五芳斉に軍配を上げるのだ。わかりやすく言えば筒香ロペス宮崎のクリーンナップや山崎康晃の縦ツーシームを売りにするのがラーメン屋だとしたら五芳斉はいわば無名の千賀が草野球で投げているようなものだろう(わかりづらいと思ったりここで読むのをやめたなら、あなたは私の友ではない。そしてこの文章はまもなく終わる)。

 ラーメンとは舌で味わうだけの食べ物ではない。鼻で感じることもできるのだ。
 このことを教えてくれる五芳斉のラーメンを繰り返し食べること。これは新宿区で生起する幸福のなかでも最上のもののひとつだろう。